CARRIER
AI時代のキャリア

AI時代の、キャリアにおける生存方法
ホワイトカラー業務におけるAIの進歩が、たいへんに目覚ましい。

少し前までは、「それなりに優秀なアシスタントが横にいる」という感覚だった。
それが直近では、優秀な7年目くらいの人と仕事をしているような状態。
CPUをちゃんと使用して、バカな回答をしないように数式を込みで指示することを忘れなければ、領域によっては、部分的にはトップレベルの職業人に近い回答がアウトプットされる。
どうやら、使用する側の人間のIQに合わせた抽象度で回答する仕組みになっているようなので、こちら側に知識のある領域であれば、結構なことが話せる場合もある。
手の込んだ指示をしなくても、調べる、調査する、比較する、資料のドラフトをつくる、論点を整理する、といった仕事の速度は、人間よりも圧倒的なものがある。

もちろん、このまま一直線に進歩するとは限らない。
技術的な停滞が来るとは思わないけれど、後ろのCPUを回すために必要な電力供給の停滞は、戦争の影響を受けてそろそろやってくるんじゃないだろうか。
とりあえず、その変化は指数関数的に伸びていくことは間違いない。
だから、今の社会人5〜10年目くらいの人は、「中間管理職として十分やっていけるだけのスキル」の相当部分がAIに置き換わっていて、いつそれが「今ここ」に追いついてくるのか、その変化の到達時期と可能性を、認識しておいたほうが安全だと思う。
私自身、同世代の仕事の変化を感じることも多いので、キャリア構築は結構気になっているテーマで。
では、今からキャリアを構築するなら、何をするだろう。

01|「転職できる人」より、自分で仕事をつくれる人になる
これから一番危うくなるのは、
「言われたことを、ある程度きちんとできる人」だと思う。
少し残酷な話だけれど、これまでの日本企業では、むしろそういう人が採用面接で評価されやすかった。
大学できちんと単位を取り、一定のコミュニケーション能力があり、エントリーシートを書き、面接対策をして会社に入る。
転職でも、前職で仕事をそつなくこなし、言われたことを丁寧に実行できて、人間的にも大きな問題がなさそうな人を採用する。
かなり合理的な考え方だったように思う。
ただ、AIはすでに、
「指示されたことを、かなりきちんとやる」ことを非常に高い精度でできる。
そうなると、人間側に残る価値は、仕事を正確に処理することよりも、
「そもそも、何を仕事にするのか」
を決めることへ移っていく。

だから、もし今の私が積極的にキャリアを構築するなら、
「これまで何をやってきたか」を棚卸ししたり、
「自分に合う会社はどこか」を探したりすることよりも、
「自分は、社会のどんな問題を解決したいのか」
を決めることを優先すると思う。
そして、小さくてもいいから、自分で何かを始める。
イベントでも、メディアでも、研究プロジェクトでも、お商売でもいい。
大切なのは、それっぽい肩書きを得ることではなくて。
何もないところから価値をつくり、人を巻き込み、お金や社会との接点を発生させる。
この一連の経験を持つことだと思う。
社会に対して、自分なりの問題解決を投じた経験は、独自の価値がある。
それだけでなくて、自分に合った領域で価値を発揮する循環を作る、その感度が上がるサイクルに入っていくだろう。
私の経験上だけれども、社会に対して問題解決を試みた経験が少ない人は、マーケット感覚が弱いことが多い。

実際に何かを世の中へ出してみると、机上では見えなかった問題が一気に現れる。
一つずつ処理していく中で、
「人は何に反応するのか」
「何に価値を感じるのか」
「どこに本当の問題があるのか」
などの感覚が育ってくる。
社会と「仕事」として接する経験には、こうした生々しい学習が含まれる。
その経験を重ねれば、自然に問題解決能力は伸びていく。
そうすると、自身の価値の発揮どころを誤らなくなっていく気がする。
このサイクルの先に、
仕事を与えてもらわなくても、自分で仕事をつくれる。
素地ができる。
これから重要になるのは、
「転職できる人」であり続けることではなく、
どこにいても、自分で価値をつくり、市場との価値循環をリアルに感じられて、仕事を発生させられる人になること。
私は、そちらの方が圧倒的に自由度の高いキャリアなんじゃないだろうか。

02|使う能力より、「AIに何をさせるか」を決める視点

「これからはAIを使える人が強い」という話をよく聞くけれど、私は違和感があって。
もちろん、AIは使えた方がいい。
ただ、AIの操作方法そのものが、長期的な競争優位になると本気で考えている人は、さすがにいないだろう。
操作はこれからどんどん簡単になる。
残酷だけれど、今、一生懸命覚えているプロンプト技術の多くは、数年後には必要なくなっている可能性が相当に高いと思う。
技術そのものが高度化すればするほど、人間側に求められるのは「どう操作するか」ではなく、
「そもそも、AI何をさせたいのか。」
を決める視点・能力だと思う。
AIに問いを投げるためには、そもそも自分の中に、それなりに育った問いが必要だ。
何が問題なのか。
何を知るべきなのか。
何を正しいと判断するのか。
どの答えを採用し、どの答えを捨てるのか。
判断には、自分自身の知識や経験、価値観、問題意識が必要になる。
だから、これから重要になるのは、
正しい知識を持ち、自分なりの問いを立て、自分で答えを選べること。
だと思う。
言い換えれば、
自分にしかない視点を育て続けること。

AIは、すでに存在する情報を整理したり、比較したり、文章にしたり、実行可能な形に変えたりすることには非常に強い。
でも、
「私は何を面白いと思うのか」
「私は何に違和感を持つのか」
「この社会のどこを変えるべきだと思うのか」
という出発点までAIに預けてしまうと、自分のキャリアそのものを他者に設計してもらうのと、あまり変わらなくなる。
極端に言えば、
AIに仕事をさせる人と、
AIによって仕事を割り当てられる人に、
分かれていく気がする。
後者は、AIがつくった指示や評価基準に沿って、効率よく仕事をこなすことになる。
立派なお仕事として成立する道だと思う。
ただ、自分のキャリアの自由度を高く保つことを求めるのであれば、
「AIを使えるか」より先に、「AIをどこへ向かわせるか」を自分で決められること。
から逃げることはできない。
そういう理由から、このAI時代には、バカな考えは意味がないけれど、知識を持って、自分自身で瞑想できることの価値は、大変に高くなると思っている。
AIが答えを出せる時代にオリジナルの価値を生み出す人生を送るには、その意味で胆力がいる道を歩けるかどうか、が大事なんだろう。
03|キャリアは「知識」と「臨場感」の先にある
「知識を持つ意味はあるのか」という話もよく出てくる。
私は、むしろ逆で、膨大な知識以外に、オリジナルの臨場感は出せないと思っている。
なぜなら、知識がないと、次の知識は見えないから。
この話は、とても大事な話だから、別の記事として、丁寧にまとめてみたい。
Natsumi Goto
デザイナー/アーティスト
自然や日常の中にある「感性の動き」をテーマに、アート制作やデザインコンサルティングを行う。
感性を起点に、個人やブランドの「まだ言語化されていない魅力」を引き出し、コンセプト設計や表現へと落とし込むことを得意とする。
