CARRIER
2025.7.10
キャリアの問題解決

キャリアの問題解決
「なつみさんは、キャリア相談を仕事にした方がいいよ」
3年ほど前、信頼している友人からそう言われたことがある。
それ以来、キャリアに特化した役割を、いつかきちんと形にしたいと思っていた。
ただ、その友人は、同時にこんなことを添えていた。
「根深い悩みを抱えている人が多い分野だから、キャパシティに余裕があるときに始めた方がいい。あまり無理に相談が増えすぎないように、少し気をつけた方がいいよ」
その指摘は、もっともだった。
キャリアは、人の生活や人間関係、ときには人生全体に関わる。時間的にも精神的にも余白がない状態で始めると、相談する人にとっても、相談を受ける側にとっても、心地よい関係をつくることが難しい気がする。
そういう理由から、これまでその種のサポートは限定的にして、保留にしてきた。
転職や独立、起業に関わるキャリアの選択は、その後の人生を大きく変える可能性を持っている。
そして、ひとりで考え続けるほど、思考が行き詰まってしまうこともある。
キャリアとは、自分が社会に対してどのような機能を提供するのかという問いでもある。
自分の内側だけを見つめるのではなく、社会や他者との対話のなかで考えることで、はじめて見えてくる方向性がある。
これまで、さまざまな機会を通して、多くの方のキャリア相談を受けてきた。
仕事柄、起業家やフリーランスなど、独立や起業の前後にいる方から相談を受けることが多い。
そして話を深めていくと、キャリア相談は、たいてい人生のあらゆる不安への相談へと広がっていく。
多くの場合、キャリアの問題をキャリアだけの問題として考えすぎて詰まっていたところが、複合的な悩みだったことに気づいていく方が多い。
(仕方がないんだけれども、ね。)
仕事、生活、家族、経済、身体、学習、社会との関係。これらは本来、切り分けることのできないひとつの系として動いている。
キャリアの問題をほどくためには、問題を見ている視点そのものを、少し外側へ動かす必要がある。
(この感覚については、短い文章だけで説明すると、かえって誤解を生んでしまいそうなので、別の機会に丁寧にお伝えしたいと思っている。)
例えば、仕事には、それをこなすのにたくさんの勉強が必要になる。
どのような職業であっても、知識や経験を積み重ねることによって、少しずつ少しずつ技術やノウハウが形成されていく。
学習することの目に見えない恩恵を、あまり軽く扱わない方がいいなと思うのは、そういうところだと。
その他、ファイナンスについても、同じことが言える。
金融が機能している仕組みを十分に知らないまま、感覚だけで資産形成を行うことには、どうしても不確実性が伴う。
企業の財務は、B/S、P/L、C/Sという財務三表によって捉えられる。
同じように、個人のお金の流れも、ある程度数値として把握できるようになると、自分がどこに立ち、何を選択できる状態にあるのかが見えやすくなる。
数字は、ややこしく見えるものだから後回しにしたくなりやすい。
けれども、数字によって現状を把握できるようになることは、社会や他者が決めた基準ではなく、自分の軸で人生を評価するための助けにもなる。
資本主義社会を生きるうえで、お金について学ぶことは、自分の自由を守るための知識のひとつなのだと思う。
綺麗事ではない文脈を大事にしたい。
さてさて。
どのようなゴールに向かう場合でも、学習を無視することが難しい時代に入っていると思う。
もちろん、知識がすべてではない。けれども、今とは異なる未来へ移動したいとき、知識は、その未来への到達可能性を高める変数のひとつになる。
自由になりたいと思うなら、自由になるための構造を知ることが必要になる。
それは、耳が痛い話に聞こえるかもしれない。
不自由な領域について新しく学ぶことは、これまで見えていなかった選択肢を、自分の世界に増やしていく行為だと思うから、ストレッチだろうし。
私が長く学んできたコーチング理論によると、ストレッチなことは、大きくて遠いゴール(ありたい状況)に収めてあげると、自由になりやすい傾向があるようで。
例えば、学習についてのゴール(ありたい状況)を考えるとき、「仕事に役立てるため」「資産形成に役立てるため」という目的だけに限定すると、学びの空間は、途端に小さくなってしまう。
学習には種類があって、時間や場所を超えて受け継がれてきた、普遍的でアカデミックな学びがある。
一方で、今いる場所や、目の前の課題に対して必要になる、具体的で実践的な学びもある。
最近は、その両方を含む大きな概念のような形で、「学習」を捉えると、自由になりやすいことがわかった。
学習のゴール(ありたい状況)は、何かの役に立つことだけを目的にするのではなく、学びたいことを、学びたいだけ学ぶための大きな空間として設定する。
そのとき、自分で決めた学習のゴール(ありたい状況)は思いがけない力を発揮する。
個人的な話をすると、私はアカデミックな領域を、純粋に学問として楽しんでいる結果、人生の方向を変えるような発見を何度も経験してきた。
(わかりやすいのは、海外トップ大学院の首席合格とか。古典の原点を通じて、新しいアート作品が生まれたとか。)
現在行っている感性に関わる仕事も、振り返れば、認知科学に対する個人的な探究から始まっている。
最初から仕事にしようと考えていたわけではない。
ただ、興味のあることを追いかけ、学び続けていたら、その知識が少しずつ統合され、具体的な事業や表現へと変化していった。
学ぶことそのものが、人生の方向を先に示してくれることがある。
学問には、すでに構築された大きな思考の空間がある。
私たちは、その空間に後から入り、そこに残されている問いや概念、先人たちの知的な足跡に触れる。
すると、自分ひとりでは考えつかなかった方法で、物事を考え始めることがある。
まるで、自分が考えているというより、学問の空間そのものに思考させられているような感覚になる。
学問は、日常よりも高い抽象度から、世界を見る視点を与えてくれる。
目の前の出来事に巻き込まれている自分を、少し遠くから眺められるようになる。
そこで過ごす時間は、「今、ここ」だけを見ている自分に、新しい思考のプロセスを与えてくれる。
世間でクリエイティビティと呼ばれているものも、学問や思想の空間で日常的に思考していると、副産物のように生まれてくることがある。
キャリアや仕事、そしてお金を含むファイナンスについても、目の前の問題として毎回ひとつずつ処理するのではなく、より大きな思考の空間から自然に判断できるようになることが理想なのだと思う。
学びを続けることで、必要な思考が、必要なときに自然と立ち上がるようになる。
このあたりの話は、文章だけでは少し伝えにくい。
言葉の間やニュアンスを含め、誤解のない形でお伝えできるよう、別の機会で伝えられるような準備を進めている。
ちなみに、学問の空間から思考を与えられるような不思議な感覚は、多くの研究者が経験しているものでもあるらしい。
学びを続ける私たちは、これから同じような出来事を、何度も経験していくのだと思う。
仕事、ファイナンス、学習。
一見すると別々のテーマに見えるけれど、本当はすべて、自分がどのような未来へ移動したいのかという、ひとつの問いにつながっている。
この少しややこしい文章を、ここまで読んでくださった方は、すでに問題を解決するための土俵に立っている。
だから、安心して、好きなことを、好きなだけ学んでみる準備に入るといいなと。
その知識は、すぐに役に立たなかったとしても、いつか自分でも予想していなかった場所でつながり、新しい未来へと移動するための足場になってくれる気がします。
Natsumi Goto
デザイナー/アーティスト
自然や日常の中にある「感性の動き」をテーマに、アート制作やデザインコンサルティングを行う。
感性を起点に、個人やブランドの「まだ言語化されていない魅力」を引き出し、コンセプト設計や表現へと落とし込むことを得意とする。
